夢想
1884年、ドビュッシーは22歳でカンタータ「放蕩息子」によってローマ大賞を受賞!
受賞に伴うローマの留学からパリへの帰国の3年後の1890年に「ベルガマスク組曲」に手を掛けた頃に作曲されました。
まだ作曲家として駆け出しの頃に、経済的な苦境から必要に迫られて書いた曲と伝えられています。
ドビュッシー自身、この作品を評価せず、作品の出来に満足していなかったそうですが・・・。
さらに作品を「駄作」、「粗悪品」、「ロマンティックなタイトルに惹かれて書いたに過ぎない」と評し、作品を出版しようとしなかったそうです。しかし・・・作品は、1908年に出版。
同じ年に作曲された「ロマンティックなワルツ」や「2つのアラベスク」などの他の小品と比べて、一番平易な楽想とテクスチュアを持っている楽曲です。
