ゴッホの『星月夜』 2

ゴッホはおそらく、頭上の深淵に見入っているうちに、おのれの足もとにもうひとつの深淵がうごめき始めるのを感じていたのでしょう。


この絵を描いたのとほとんど同じ頃、彼はテオにあてた手紙のなかでこんなことを述べています。


「ぼくの昔のデッサンで人物を描いたものを送ってください。


ランプの光の下で『夕食をしている百姓』のあの油絵を描きなおしてみようかと思っているのだ。


あの絵はいま真っ黒になっているだろうが、恐らく記憶で完全に描きなおせるだろう。


まだほかにもあれば、とくに『落穂拾い』と『耕す人々』を送ってもらいたい。


それから何なら、『ヌエネンの古塔』と『藁ぶきの家』も描きなおそうと思う。」


・・・ここで彼が、「夕食をしている百姓」と呼んでいる油絵は『馬鈴薯を喰う人々』を指しています。


ゴッホがサン・レミで、ヌエネン時代の作品を描きなおそうとするのは、やはり注目すべきことでしょう。


あの「深淵」のめまいからおのれを守るために、おのれの意識や記憶をさらに根底で支えているものを求めたのではないでしょうか。

ゴッホの『星月夜』

ゴッホの『星月夜』が示す世界はなんとも異様なものです。


ニーチェは、


「あまり深淵をのぞきこみすぎてはならぬ。


そうすると、今度は深淵が君をのぞきこみはじめる。」


・・・と語っていますが、ゴッホが描き出したこの星空には、おのずからニーチェのこのことばを思い起こさせるようなところがあります。


虚空にかかるこの一種の深淵をのぞきこんでいるうちに、それが彼をのぞきこみ、かくしてゴッホ自身もこの深淵のうちに浸し去るのではないかと思わせるようなところがあります。


彼がサン・レミを去る直前に描いた『囲いのある土地』のような作品には、彼が覚えた一種のめまいの感覚のごときものが見てとれるようです。


これは、彼が親しんできた病院の裏手の風景でしょうが、右上から左下にかけて鋭く下降する囲いの線には、単なる造形上の興味を超えた、崩壊感とも墜落感とも言うべきものがなまなましく感じ取れます。


今は堅固な工税によってかろうじてつなぎとめられてはいますが、いつ、囲いとともに大地の全体が、いずこかに向かってなだれ落ちてゆくかわからないといった印象さえ覚えるのです。

目に見えない世界を知る

病院ははっきりいって経営が主体です。


ですから前回私がかいたようなことは、相手にされないのです。


それならば結果は同じでも、自分のやりたいようにやったほうが悔いが残らないのではないか・・・。


しかし違う病院に移って1年も経たないうちに、私は大きな壁にぶつかりました。


このままでは、私は前の病院にいたときと同じことをするしかない・・・。


そこでいろいろな病気治しの方法論を模索し、看護師としては非常識な霊能の世界などにまで目を向けるようになったのです。


しかし霊能力には結局頼れないことがわかりました。


しかし目に見えない世界があり、その世界のエネルギーが病気と深くかかわっていることに気がついたことは、ひとつの収穫だったと思います。


・・・というのは、私はそれから猛烈に気の勉強をし、自分自身でも気が出せるようになったからです。

絶望を感じた日

すべて明快にそのような割りきり方をしていますが、現実に患者さんに接していて感じたことはそうではありません。


インシュリンが不足したから糖尿病になったのではなく、糖尿病になったからインシュリンが不足するのではないか。


すべての病気の原因と書かれているのは、原因ではなく結果ではないのか・・・。


薬もそうです。


何の病気には何の薬と書いてある。


だがよく読んでみると、それで治るとはどこにも書いていない。


薬は症状を和らげるだけのものである。


だから一生飲み続けなければならない。


いったい、なんということだ……。


目からウロコが落ち、あまりにも単純明快な答えに拍子抜けさえ感じました。


そのあと「病気は治らないのだ」という絶望感がこみ上げてきました。


こういう一種の絶望感が、私を転職に踏み切らせるひとつの動機になりました。


勤めているかぎりは、病院の方針に沿った治療をしなければならないのです。

崩れ落ちた自信

ある日、朝の外来診療が終わらず昼になり、トイレの帰り際に何気なしに待合室をのぞいたとき、私は愕然としたのです。


そこには知った顔ばかりがあったのです。


毎日来る顔、3日前に来た顔、1週間ぶりに見る顔。


彼らは日頃、私に「おかげさまで、だいぶよくなりました」


「痛みが楽になってきました」といっている人たちばかりなのです。


「なんだ。みんな知っている顔だ。だれも少しも治っていないじゃないか」。


ふいに背中を冷たい風が吹き抜けました。


・・・私はその晩、かつて自分が勉強した内科の教科書を取り出し開いてみました。


そこには病気の原因と治療法がたっぷりと書いてあります。


それをどれだけ頭にたたき込むかが内科医としての力量を決める。


それくらい権威があり、医学を学ぶ人たちから信頼もされているものなのです。


糖尿病はインシュリンの不足から起きると書いてある。


この薬はこの病気に使うと書いてある。


糖尿病がインシュリンの不足から起きるのは素人も知っている常識ですが、その日の私にはなぜかそれが「真っ赤な嘘」に思えてきたのです。

すべての病気の原因は結果である

話がやや固くなったので、少し話題を変えます。


私はある病院に勤務するまでの7年間、内科に勤めていたのですが、2、3年たってから、なぜか大変な人気者になったのです。


もともと人と話をするのが好きだったことも幸いしました。


近年はインフォームドコンセントといって、医者や看護師は患者によく説明することが求められています。


特にリウマチの場合、この説明というのが重要な治療行為のひとつになっています。


私はそれをよくやっていたので、気さくでおもしろい看護師ということで、リウマチ患者さんたちから信頼され、外来患者が一定の数を超えてから、急にふくれあがりました。


名看護師ということになり、朝から夕方まで患者さんがひっきりなしにやってくる。


私は内心得意でした。


「これで自分もどうやら一人前になったようだ。


やっと自分のよさにみんなが気づいてくれた。


この病院はわたしでもってるようなものだ」


・・・まったくいい気なものでした。

人間の自然な力

人間には自己暗示や他者暗示がありますから、ある人物の思考や行動が病気をつくることは考えられます。


それどころか「病は気から」と昔からいうように、病気は自作自演の気のひとつのあらわれとみることができます。


しかし金輪際、先祖の霊障が病気をつくることはないと思われます。


では病気はなぜ生じるのでしょうか。


この宇宙がすべて同一の法則、同一のエネルギーから構成されていることを考えれば、そのエネルギーによってバランスが崩れたとき引き起こされると考えるのがもっともムリのない解釈でしょう。


つまり病気とは私たちのもつエネルギーが、病気をつくることに使われた結果なのだと私は考えたのです。


宇宙に存在するエネルギーの別名が気ですから、それは気によって生じたといってよい。


たとえばひどいストレスを感じたとき、そのショックから胃に気を集中すれば、たった一晩で胃に穴をあけることもできるのです。


このことは治癒についてもいえます。


一晩で胃に穴をあけることができるのだから、一晩で胃をもとどおりにできるだけの能力を人間はもっている。


・・・そう解釈することは自然でしょう。


病気について考えるとき、こういう考え方をすると、治癒の観念がまったく違ってくるのではないでしょうか。

霊障が病気をもたらす?

ブルーベビーは生まれたてでも魂はありますから、その魂と母親の魂は交信することができました。


私と母親の場合も同様です。


霊能者が奇跡的な予言や実践をするのは、やはり魂のメッセージに近いものと考えてよいでしょう。


それが先祖のたたりとか願いとか、あの世だとかという話になるのは、たぶん自分の感じたことを直接的な語動で表現するすべを知らないからでしょう。


そのためにこの世の延長で想像できる比喩の世界として、そのような説明をしているのだと解釈できます。


私の墓のことでいえば、先祖の魂はたしかに墓を修繕することを望んでいた。


それを一族に知らせたが伝わらなかった。


ここまではたぶん正しいのだと思います。


ただし、だから一族の人間に病という禍をもたらすことで「伝えようとした」というのは疑問です。


さらにいえば、いまいったようなことを信じる人間がいることを前提に、まったく100%でたらめなことをいうニセ霊能者もいます。


狐が憑くとかいうのはそのたぐいで、テレビなどに出てくる霊能者をみれば、彼らがいかに貧しい霊能力しかもち合わせていない存在であるかがよくわかります。


霊障が病気をもたらすというのも信用できません。

潜在意識と顕在意識 3

人間に108つの煩悩があるというのは、肉体レベルから発しています。


つまり物質化された脳と細胞の法則によっているのです。


これが独り歩きしたとき、ときに自分の魂と異なる思考、行動をすることになるのだと思います。


人間は魂のメッセージを受け取りながら、物質化された潜在意識と顕在意識で生きています。


しかし、なかには魂からのメッセージを無視して生きている人もいます。


あるいはそういう人間のほうが現代では多いのかもしれません。


魂のメッセージは、決して誤ることがありませんが、魂抜きの人間の思考や行動は、しばしば誤りを犯します。


人間が病気になるのも、悪いことをするのも、そうした状態で起きることと考えられます。


このような意識と宇宙とのかかわりを前提に、ブルーベビーや母の死に際の笑顔・・・


あるいは霊能者のことを考えると、人間は魂のメッセージをキャッチできる状態になったとき、ふつうの科学常識では考えられないような超常現象に出会うことになるのだと思います。

潜在意識と顕在意識 2

極限状況で火事場のバカカを発揮するのも、潜在意識による細胞の瞬間的な活性化ととらえれば説明がつきます。


つまり通常、私たちが意志とか意識などといっているものが、潜在意識と顕在意識のもとになっているのです。


私たちの魂はどうかというと、これは電子をともなわない。


つまり物質化することがない。


したがって時空を超越することができるのです。


・・・では魂と肉体の関係はどうなっているのか。


魂のメッセージを私たちの顕在意識と潜在意識が脳や細胞で受け取って、それによって思考や行動を行なっている。


・・・ただここで問題なのは顕在意識と潜在意識は、魂のメッセージを得なくても、独自の判断や行動も行なうということです。


つまり顕在意識と潜在意識には一種の独立性が与えられているのです。


その反面、顕在意識、潜在意識、超意識もそれぞれ宇宙の法則のなかで制約を受けているのです。

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