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   <title>ひげもじゃブログ</title>
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   <updated>2012-02-02T23:20:04Z</updated>
   <subtitle>ベルガマスク組曲とか牧神の午後の協奏曲とか</subtitle>
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   <title>女性へのファッション・アプローチ　2</title>
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   <published>2012-02-02T07:32:33Z</published>
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   <summary>&quot;女は30代であるだけで美しい&quot; ・・・といったのは、作家の筒井康隆さんです。 ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://allparty.info/">
      <![CDATA["女は30代であるだけで美しい"


・・・といったのは、作家の筒井康隆さんです。


35歳から40歳までの女性層は、ニューファミリーの"お姉さん株"の人達で、そのすぐ下に、30歳～34歳になるミセス達がいます。


純粋戦後派の先頭集団です。


この年齢層の人達は中高校生の頃、日本の高度成長が始まったのです。


大学生やOLになる昭和40年ごろから、日本のファッション業界では一大革命がスタートしました。


昭和20年生まれのニューファミリーの"お姉さん株"の奥さま方は、19歳のときミニ・スカートをはき、戦後ファッション隆盛の"火付け役"となりました。


30歳から40歳にかけての女性層はビートルズに熱中して、グループ・サウンズと一緒に育ってきた世代です。


車の運転免許をもち、モータリーゼーションの普及にも先駆的な役割を果たしてきました。


<a href="http://www.smart-time.info/?mode=cate&cbid=833167&csid=0" target="_blank">ハミルトン カーキ</a>などのブランド品を買うにあたって、クレジットや車による買物率が高いのもこの人達です。


遊びにも積極的です。

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   <title>女性へのファッション・アプローチ</title>
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   <published>2012-01-18T06:10:23Z</published>
   <updated>2012-01-18T23:20:02Z</updated>
   
   <summary>50代の人達は、自分が疎外されるということを極度に嫌う性質があります。 ですから...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://allparty.info/">
      <![CDATA[50代の人達は、自分が疎外されるということを極度に嫌う性質があります。


ですから、"いつもあなたが主役！"といった姿勢で対応することが大切です。


人生最大のステージに立つ人、円熟した女性・・・という敬愛の念をこめて服装を提案したり、推薦してあげたりします。


こうした女性たちは<a href="http://www.smart-time.info/?mode=cate&cbid=833167&csid=0" target="_blank">ハミルトン ジャズマスター</a>などの高級ブランド品もうまくファッションの中に取り入れています。


そういう尊敬の念は敏感に伝わるものなのです。


友の会を組織化するときなどは、そういう50代の女性に会長になってもらうと、いい結果を生みます。


自分の時間を楽しもうとするから、この世代の人達がもっている疎外感を埋めるのに役立つのです。


旅行や観劇、食べ歩きなど店を中心にした会員が組織化されると、リストにのった人達は親近感を増して、その店で買う比率が一層高くなります。


従って販売計画もたてやすくなります。


・・・日本のファッション市場はいよいよ中高年齢層パワーが強くなっていきます。


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   <title>ゴッホの描いた人物</title>
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   <published>2011-12-03T08:48:39Z</published>
   <updated>2011-12-03T23:20:05Z</updated>
   
   <summary>オーヴェール・シュル・オワーズでのゴッホの仕事においては、サン・レミ時代のたとえ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://allparty.info/">
      オーヴェール・シュル・オワーズでのゴッホの仕事においては、サン・レミ時代のたとえば『星月夜』や『冬の風景』のような作品に見られる危機的な混沌が、さらに入り組んだかたちでさまざまな力を及ぼしているようです。


彼がオーヴェールに来た理由のひとつは、そこでガッシェ医師の治療を受けることだったのですが、『医師ガッシェ』にも、そういう混沌が影を落としているように見えます。


それは、オランダ・ベルギー時代の肖像画はもとより、パリ時代の『タンギー爺さん』や、アルル時代の数々の肖像画の傑作ともずいぶん違います。


不安な蒼い眼をした医師の表情にしても、頬杖をついたポーズにしても、ななめに画面を区切る朱色のテーブルにしても・・・


背景のくすんだ青いかげのようなものにしても、がっしりと組み立てられてはいますが、アルル時代の肖像画のように、見る者のまなざしを正面から受け止めるといったふうのものではありません。


この医師の謎めいた内面に巻き込まれるといった印象を覚えるのです。


ゴッホが、この肖像画を描いたのは、オーヴェールに着いて1月ほど経った90年6月のことですが、テオへの手紙で、


「これはぼくがここへ出発するさいに描いた自画像と同じようなかんじだ」


・・・と言っていることは少し注意していいでしょう。


少しあとでゴーギャンにあてた手紙では、


「きみはオリーヴの畑を見たことがあるかね。


いま現代独特の悲痛な表情をしたガッシェ医師の肖像を描いている。


いうなればこれはきみが『オリーヴの園のキリスト』で語ったのと同じようなものだ」


・・・と言うのであって、ゴッホがこの人物のうちに、彼自身と内的に相通じるものを見て取っていることがわかります。


ゴッホがアルルで描いた人物は、ほとんどすべてが郵便配達夫とか軍人とかいった人びとであって、彼と、ガッシェ医師のようなかかわりを持つ人物はいなかったのです。



      
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   <title>ゴッホの『星月夜』　4</title>
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   <published>2011-11-09T08:44:05Z</published>
   <updated>2011-11-09T23:20:06Z</updated>
   
   <summary>「ブラバンドの思い出」といっても、故郷の風景を写実的に描いているわけではありませ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://allparty.info/">
      「ブラバンドの思い出」といっても、故郷の風景を写実的に描いているわけではありません。


『北方の思い出』という副題を付された作品が3点残されています。


そのなかのたとえば『冬の風景』という作品を見れば、思い出とゴッホの結びつきようがよくわかります。


これは、母と妹にあてた手紙で触れられている2点の作品中の前者をさすものでしょうが・・・


空も家も畑も、混沌と渦巻いていて、「思い出」という言葉から連想するような、静的なものではまったくありません。


「北方」を思い出すゴッホの眼と心とが、おのずからこのような風景を描きだしてしまうということが、いかにも興味深いのです。


いまひとつ注意をひかれるのが、ゴッホのほかの作品においては、ほとんどつねに中空にかかっていた太陽が、『北方の思い出』と題された3点においては、いずれも、まさに沈もうとしている点です。


ゴッホが、しばしば太陽とおのれとを重ねあわせていたことを思えば・・・


これは単なる「北方」を超えて、さらにその根源にある混沌のなかに沈みたいという欲求を反映していると思えなくもないのです。



      
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   <title>ゴッホの『星月夜』　3</title>
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   <published>2011-10-14T07:35:33Z</published>
   <updated>2011-10-14T22:20:05Z</updated>
   
   <summary>89年の秋になると、ゴッホの手紙には、「北方」への願望がくりかえし語られるように...</summary>
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      89年の秋になると、ゴッホの手紙には、「北方」への願望がくりかえし語られるようになっています。


9月10日付けの手紙で、彼は「ちがった光」や「一層明るい空の下で自然をながめる」ことや「もっと強烈な太陽」など、彼を南仏へ引き寄せたさまざまな理由をあげています。


こうして、おのれの心に南仏への愛着が消しようもなく染み付いたことを認めているのです。


しかし同時に「友人たちに会いたい、北仏の田舎をもう一度みたいという欲求が矢も楯もたまらず起こってくる」と言っています。


「ここにいると発作が馬鹿馬鹿しい宗教的な趣きを帯びがちなので、それだけでも北仏へ帰る必要があるとつい思い込んでしまう」


・・・と言います。


90年になっても、「北仏へ帰れば、なおさら気が晴れようと希望さえ持っている」とか、「北仏へゆけば、ぼくの病気は・・・すぐとはゆくまいが、早く治るだろう」とかいった言葉がみられるのです。


もちろん、ここにいう「北仏」の背後には、故郷ブラバンドの自然が広がっているのでしょう。


彼は4月29日付けの手紙で、


「病気のときぼくは記憶で小品を数点、北欧の思い出を描いた。


いま日の当たった牧草地の一角を描き終えたところだ。」


・・・と語っています。


同じころ母と妹にあてた手紙でも、


「病気が一番ひどかった間も描くことだけは描いていました。


すなわちブラバンドの思い出の、苔むした藁葺家の屋根やぶなの生垣で、秋の夕、オレンジ色の空には朽葉色の雲のなかに赤い太陽が沈んでゆきます。


それからまた雪のなかで葉を摘んでいる女たちがみえる蕪畑も描きました。」


・・・と語っています。


これらは、まさしく深淵のうえで身を支えるために描かれたのです。



      
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   <title>呪術から宗教へ</title>
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   <published>2011-09-15T07:09:10Z</published>
   <updated>2011-09-15T22:20:04Z</updated>
   
   <summary> 原始的な魔法のすべては、本質的には要するに不運に対抗するための積極的な政策でし...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://allparty.info/">
      <![CDATA[
原始的な魔法のすべては、本質的には要するに不運に対抗するための積極的な政策でした。


こういった魔法対策は、さいしょは自然界の災厄に対する防衛の武器・・・


厄除けの方法iであったのが、やがては幸運に対する御機嫌取りの方便として用いられるようになり・・・


そして、自然界ばかりでなく、広く人類生活の万般の事象にわたって関連するようになったのは、常識的な成り行きです。


護符とか、呪符とか、悪霊とか、妖怪とかいうものが、こうして生まれ、後に宗教と呼ばれるものが発生する根拠となるのです。


けだし、外的世界の性質についての考案は、呪術に始まって宗教へと発展し、末は哲学的思惟の領域・・・


または偽似科学・隠微学の状態に編成され、さらに科学的方法にまで体系化されるに至るのです。


<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話占いの詳細は＞＞</a>


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   <title>仏像は手でも人々に語りかけている　2</title>
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   <published>2011-09-10T04:46:01Z</published>
   <updated>2011-09-10T22:20:04Z</updated>
   
   <summary>目が口ほどにものをいうのではなく、手や指が口以上にものをいうのです。 だから手つ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://allparty.info/">
      <![CDATA[目が口ほどにものをいうのではなく、手や指が口以上にものをいうのです。


だから手つきをみると相手の気持ちがよくわかるといいます。


仏教は人びとの性格や能力に応じて慈悲の教えを説きます。


ですから、人間に千差万別あるように、仏像の全身を駆使して仏の意志を相手に伝えようとします。


家に<a href="http://www.soka-butudan.jp/" target="_blank">創価学会　仏壇</a>があるという方なら、このような話はきっとご存知でしょう。


そこであらゆる手つきをし、二本の手で足りない時には手を千本つけ足す千手観音像のようなものもあります。


これに比べると、私たちはせいぜい失敗した時に頭をかき、はにかむ時に手を口にあて、怒った時ににぎりこぶしをふり上げるくらいが関の山です。


野球選手の使うハンド・サインなども幼稚なもので・・・


その点、インドや東南アジア諸国の伝統的な舞踊では、仏教の影響もあって、今でも日本以上に手つきが重要な役割をはたしています。



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   <title>仏像は手でも人々に語りかけている</title>
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   <published>2011-08-01T04:44:50Z</published>
   <updated>2011-08-01T22:20:06Z</updated>
   
   <summary>仏を荘厳する補助手段として用いられる仏画を制作する功徳は『法華経』方便品のげじゅ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://allparty.info/">
      <![CDATA[仏を荘厳する補助手段として用いられる仏画を制作する功徳は『法華経』方便品のげじゅに、


「彩画して、仏像の百福荘厳の相をなすこと、自らも作し、もしくは人をしてもさせる、皆すでに仏道を成じき」


・・・とあるように、インドから仏像とともに中国にもたらされました。


ただし、インドに仏画の残存数が少ないのは、その高温多湿の気候によるようです。


『無量寿経』や『阿弥陀経』に、西方極楽浄土の様子が描写されているように・・・


仏の世界は光明に照らされて金色に燦くところから、中国や日本では浄土曼茶羅の金泥図や金字経がさかんにつくられ、平泉の金色堂のように仏殿そのものを金箔押しして、さながら現世に極楽浄土を具現したものすらつくりだされました。


さて、一般に、私たちは自分の心の表情を、言葉以外に、目や口や顔つきで表わすこともできますが、これには限度があります。


・・・しかし、手だけは違います。


<a href="http://www.soka-butudan.jp/" target="_blank">創価学会　仏壇</a>などを持っている方なら、このような話は興味深いのではないでしょうか。

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   <title>マリンスポーツをするときの注意点　2</title>
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   <published>2011-07-10T01:06:26Z</published>
   <updated>2011-07-10T22:20:04Z</updated>
   
   <summary>こんにちは。 前回から引き続き、マリンスポーツをするときの注意点を述べていきます...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://allparty.info/">
      <![CDATA[こんにちは。


前回から引き続き、マリンスポーツをするときの注意点を述べていきます。


今日は腰痛の予防について。


ボディボードのライディングの姿勢はときに身体の作りに逆らうような姿勢を強いるときがあります。


この状態を長い間続けているといつのまにか腰痛になってしまうことがあります。


放っておくと椎間板ヘルニアなどになることもあるので注意したいですね。


このような場合にはビーチに上がったあとで腰骨の並びを矯正するような運動をするのがもっとも効果的。


方法は体育座りの格好からヒザを抱え込むようにして腰骨から背骨にかけてゆっくりと伸ばしてやります。


この運動をビーチに上がったら必ずやるようにすると腰痛を防止することができます。


これはわたしがまだ<a href="http://ccc-kugenuma-beach.com/" target="_blank">初心者 サーフィンスクール</a>に通っていたころに聞いた方法です。

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   <title>マリンスポーツをするときの注意点</title>
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   <published>2011-06-03T01:04:52Z</published>
   <updated>2011-06-20T04:47:26Z</updated>
   
   <summary>こんにちは。 今日は、マリンスポーツをするときの注意点をいくつか述べていきたいと...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://allparty.info/">
      <![CDATA[こんにちは。


今日は、マリンスポーツをするときの注意点をいくつか述べていきたいと思います。


まず、こわいのは低体温ですね。


<a href="http://ccc-kugenuma-beach.com/" target="_blank">初心者 サーフィンスクール</a>に通っている人などは、まずこの点に注意しましょう。


冷たい水のなかに何時間も浸かっていると身体が冷やされてしまい、体温が35度以下の低体温という状態になります。


ひどくなると身体の震えがとまらず、唇も紫色になり、ボディボードどころではなくなってしまいます。


・・・このようなときにはなによりも身体を温めることが大切。


濡れたウェットスーツなどを脱ぎ、乾いたタオルで十分に身体を拭いてから温めてやること。


濡れたままだと気化熱によってどんどん体温を奪われてしまいます。


身体を拭いたら毛布やタオルにくるまっていてもいいのですが、それでもなかなか身体が温まってこないときにはボディボードを中止して、やや熱めの風呂に入りましょう。

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   <title>ゴッホの『星月夜』　2</title>
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   <published>2011-05-24T07:27:08Z</published>
   <updated>2011-06-20T04:47:26Z</updated>
   
   <summary>ゴッホはおそらく、頭上の深淵に見入っているうちに、おのれの足もとにもうひとつの深...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://allparty.info/">
      ゴッホはおそらく、頭上の深淵に見入っているうちに、おのれの足もとにもうひとつの深淵がうごめき始めるのを感じていたのでしょう。


この絵を描いたのとほとんど同じ頃、彼はテオにあてた手紙のなかでこんなことを述べています。


「ぼくの昔のデッサンで人物を描いたものを送ってください。


ランプの光の下で『夕食をしている百姓』のあの油絵を描きなおしてみようかと思っているのだ。


あの絵はいま真っ黒になっているだろうが、恐らく記憶で完全に描きなおせるだろう。


まだほかにもあれば、とくに『落穂拾い』と『耕す人々』を送ってもらいたい。


それから何なら、『ヌエネンの古塔』と『藁ぶきの家』も描きなおそうと思う。」


・・・ここで彼が、「夕食をしている百姓」と呼んでいる油絵は『馬鈴薯を喰う人々』を指しています。


ゴッホがサン・レミで、ヌエネン時代の作品を描きなおそうとするのは、やはり注目すべきことでしょう。


あの「深淵」のめまいからおのれを守るために、おのれの意識や記憶をさらに根底で支えているものを求めたのではないでしょうか。




      
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   <title>ゴッホの『星月夜』</title>
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   <published>2011-04-24T07:09:27Z</published>
   <updated>2011-06-20T04:47:26Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://allparty.info/">
      ゴッホの『星月夜』が示す世界はなんとも異様なものです。


ニーチェは、


「あまり深淵をのぞきこみすぎてはならぬ。


そうすると、今度は深淵が君をのぞきこみはじめる。」


・・・と語っていますが、ゴッホが描き出したこの星空には、おのずからニーチェのこのことばを思い起こさせるようなところがあります。


虚空にかかるこの一種の深淵をのぞきこんでいるうちに、それが彼をのぞきこみ、かくしてゴッホ自身もこの深淵のうちに浸し去るのではないかと思わせるようなところがあります。


彼がサン・レミを去る直前に描いた『囲いのある土地』のような作品には、彼が覚えた一種のめまいの感覚のごときものが見てとれるようです。


これは、彼が親しんできた病院の裏手の風景でしょうが、右上から左下にかけて鋭く下降する囲いの線には、単なる造形上の興味を超えた、崩壊感とも墜落感とも言うべきものがなまなましく感じ取れます。


今は堅固な工税によってかろうじてつなぎとめられてはいますが、いつ、囲いとともに大地の全体が、いずこかに向かってなだれ落ちてゆくかわからないといった印象さえ覚えるのです。


      
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   <title>目に見えない世界を知る</title>
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      病院ははっきりいって経営が主体です。


ですから前回私がかいたようなことは、相手にされないのです。


それならば結果は同じでも、自分のやりたいようにやったほうが悔いが残らないのではないか・・・。


しかし違う病院に移って1年も経たないうちに、私は大きな壁にぶつかりました。


このままでは、私は前の病院にいたときと同じことをするしかない・・・。


そこでいろいろな病気治しの方法論を模索し、看護師としては非常識な霊能の世界などにまで目を向けるようになったのです。


しかし霊能力には結局頼れないことがわかりました。


しかし目に見えない世界があり、その世界のエネルギーが病気と深くかかわっていることに気がついたことは、ひとつの収穫だったと思います。


・・・というのは、私はそれから猛烈に気の勉強をし、自分自身でも気が出せるようになったからです。


      
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   <title>絶望を感じた日</title>
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      すべて明快にそのような割りきり方をしていますが、現実に患者さんに接していて感じたことはそうではありません。


インシュリンが不足したから糖尿病になったのではなく、糖尿病になったからインシュリンが不足するのではないか。


すべての病気の原因と書かれているのは、原因ではなく結果ではないのか・・・。


薬もそうです。


何の病気には何の薬と書いてある。


だがよく読んでみると、それで治るとはどこにも書いていない。


薬は症状を和らげるだけのものである。


だから一生飲み続けなければならない。


いったい、なんということだ……。


目からウロコが落ち、あまりにも単純明快な答えに拍子抜けさえ感じました。


そのあと「病気は治らないのだ」という絶望感がこみ上げてきました。


こういう一種の絶望感が、私を転職に踏み切らせるひとつの動機になりました。


勤めているかぎりは、病院の方針に沿った治療をしなければならないのです。


      
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   <title>崩れ落ちた自信</title>
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   <published>2011-02-09T01:37:05Z</published>
   <updated>2011-06-20T04:47:27Z</updated>
   
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      ある日、朝の外来診療が終わらず昼になり、トイレの帰り際に何気なしに待合室をのぞいたとき、私は愕然としたのです。


そこには知った顔ばかりがあったのです。


毎日来る顔、3日前に来た顔、1週間ぶりに見る顔。


彼らは日頃、私に「おかげさまで、だいぶよくなりました」


「痛みが楽になってきました」といっている人たちばかりなのです。


「なんだ。みんな知っている顔だ。だれも少しも治っていないじゃないか」。


ふいに背中を冷たい風が吹き抜けました。


・・・私はその晩、かつて自分が勉強した内科の教科書を取り出し開いてみました。


そこには病気の原因と治療法がたっぷりと書いてあります。


それをどれだけ頭にたたき込むかが内科医としての力量を決める。


それくらい権威があり、医学を学ぶ人たちから信頼もされているものなのです。


糖尿病はインシュリンの不足から起きると書いてある。


この薬はこの病気に使うと書いてある。


糖尿病がインシュリンの不足から起きるのは素人も知っている常識ですが、その日の私にはなぜかそれが「真っ赤な嘘」に思えてきたのです。


      
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