仏像は手でも人々に語りかけている
仏を荘厳する補助手段として用いられる仏画を制作する功徳は『法華経』方便品のげじゅに、
「彩画して、仏像の百福荘厳の相をなすこと、自らも作し、もしくは人をしてもさせる、皆すでに仏道を成じき」
・・・とあるように、インドから仏像とともに中国にもたらされました。
ただし、インドに仏画の残存数が少ないのは、その高温多湿の気候によるようです。
『無量寿経』や『阿弥陀経』に、西方極楽浄土の様子が描写されているように・・・
仏の世界は光明に照らされて金色に燦くところから、中国や日本では浄土曼茶羅の金泥図や金字経がさかんにつくられ、平泉の金色堂のように仏殿そのものを金箔押しして、さながら現世に極楽浄土を具現したものすらつくりだされました。
さて、一般に、私たちは自分の心の表情を、言葉以外に、目や口や顔つきで表わすこともできますが、これには限度があります。
・・・しかし、手だけは違います。
創価学会 仏壇などを持っている方なら、このような話は興味深いのではないでしょうか。