ゴッホの『星月夜』
ゴッホの『星月夜』が示す世界はなんとも異様なものです。
ニーチェは、
「あまり深淵をのぞきこみすぎてはならぬ。
そうすると、今度は深淵が君をのぞきこみはじめる。」
・・・と語っていますが、ゴッホが描き出したこの星空には、おのずからニーチェのこのことばを思い起こさせるようなところがあります。
虚空にかかるこの一種の深淵をのぞきこんでいるうちに、それが彼をのぞきこみ、かくしてゴッホ自身もこの深淵のうちに浸し去るのではないかと思わせるようなところがあります。
彼がサン・レミを去る直前に描いた『囲いのある土地』のような作品には、彼が覚えた一種のめまいの感覚のごときものが見てとれるようです。
これは、彼が親しんできた病院の裏手の風景でしょうが、右上から左下にかけて鋭く下降する囲いの線には、単なる造形上の興味を超えた、崩壊感とも墜落感とも言うべきものがなまなましく感じ取れます。
今は堅固な工税によってかろうじてつなぎとめられてはいますが、いつ、囲いとともに大地の全体が、いずこかに向かってなだれ落ちてゆくかわからないといった印象さえ覚えるのです。